『おちくぼ姫』田辺聖子 著
テキスタイル文学館
千年以上も前にしたためられた日本の”シンデレラ・ストーリー”
「落窪物語」をご存知ですか?
この平安時代のお話の世界を楽しく、現代の少年少女にもわかりやすく
田辺聖子さんが案内してくれます。
広いお屋敷の一室――家具も調度もない、床が落ちくぼんだ部屋で、ひたすら縫い物をする美しい姫君。彼女は色とりどりの布を手にしながら、自身は継ぎはぎだらけの古びた着物をまとっています。意地悪な継母に「おちくぼ」などとひどい名で呼ばれ、あれこれ虐げられ、ムリな針仕事を強いられる毎日…。「灰かぶり」と呼ばれたシンデレラを思わせるこの姫君が、「落窪物語」の主人公です。
シンデレラ物語との違いを挙げるとすれば、こんなつらい暮らしをさせる継母に対してすら、思いやりを持ち続ける姫君の心根のやさしさ、そして針仕事の能力の高さ――そうした要素を全面に出して描いていることでしょう。
調べてみると、平安時代の貴族社会では、炊事や掃除は妻の仕事ではなかったようです。妻にとって大切なことのひとつは、夫の装束を用意すること。そのために布を染め、縫い上げるのも妻の仕事でした。夫が和歌を詠んだり文字を書いたりするのが苦手なら、代わりに妻が筆を持つことも。言うなれば「夫のプロデュース」のうまさが“できた奥様”のしるしだったようです。(「源氏物語」など、この時代の別作品にも、染色や裁縫の技量について書かれている部分が見られます。)