繊細なボビン・レース、そして産業革命の重み
糸を旅する
つぎは同じデボン州のコールドハーバーにある、世界で最も古い羊毛工場博物館である。入り口には1797年来働き続けた大きな水車が回っている。ここは南西部を流れるカルム川の豊かな水量を使い、また蒸気も併用して、服地サージや巻脚絆のゲートルを大量に出荷してきた産業遺産なのである。羊毛の洗浄から、紡績(紡毛と梳毛のどちらも)、織り、仕上げ、縮充、乾燥までの全行程がこの工場で可能であり、今では各工程をリタイアした職人たちが見学者に説明しながら見せてくれる。
薄暗い煉瓦造りの工場の中、重厚な鉄製の機械の間を歩きまわると、後になって革命と呼ばれることになった途方もなく大きな変革に邁進していった人々の熱量と、新しい産業に注ぎ込まれた物量を直接に感じ取ることができる。
一方で、二百年重い機械を支えてきた木の床が油で黒光りしているのを目にすると、背筋がすっと寒くなる。この感覚は、私たちが教科書で習った「産業革命」という手触りや温度のない文字からは伝わってこない。これに関して、いずれあらためて触れたいと思う。
今こうしてパソコンの中で旅の写真を見ていると、気温や空気の湿り具合も蘇ってくる。どうやら脳の中に、そんな仕掛けがあるらしい。
また英国の車旅が始まった。
ひろいのぶこ さん
プロフィール
兵庫県神戸市生まれ。京都市立芸術大学美術学部工芸科卒業後、同大学美術専攻科染色専攻修了。長年にわたり母校で教鞭を執り、2017年に名誉教授。繊維を用いた作品を制作しながら、世界各地の染織の現状等を調査・研究し、工芸資料を収集。作品は京都市美術館ほかハンガリー、フランス、アメリカなど海外の美術館にも収蔵されている。
vol.78 2021・夏号より