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テキスタイル文学館「糸巻きのあった客間」

『te(て)』記事より

2025/02/12

 

『海にゆらぐ糸』より
「糸巻きのあった客間」 大庭みな子 著

 

『テキスタイル文学館』は、ておりや通信『te』のシリーズです。「ものづくり」「クラフト」に目をむけて、本をご紹介し、楽しんでいただこうと連載されました。「編み図」や「作品」の本ではなく、「ものづくり」に関係のある、また印象的なシーンが含まれる「文学」をご紹介します。「もっと読みたくなった!」と思われる方は是非本をお手元に。

 

今回ご紹介する本は「糸巻きのあった客間」。とある夫婦が、木の柱に糸を巻き上げてつくった照明スタンド。変わらぬものであるはずの“作品”。―そこに、長い時間軸のなかで変容する人間関係や個々の内面を固定化させた短編小説です。

 

光と影を織りなす、思い出のなかの糸巻

 

1960年代後半、実質経済成長率が10%を超え、世界の経済大国へと突き進んでいた日本。社会の変容に伴い、新旧の価値観が混在する時代にあり、文学界には1930年代うまれの30歳代の作家たちが台頭しました。

 

今回紹介する作品の筆者・大庭みな子もその1人。高度経済成長期のピークと目される’68年(昭和43年)、夫の赴任先であったアラスカから投稿した作品「三匹の蟹」でセンセーショナルを巻き起こし、圧倒的な支持を受けて同年の芥川賞を獲得した作家です。

 

それから2年後の’70年、日本に帰国して本格的な執筆活動を開始し、アラスカを舞台としたいくつかの作品を書き遺してします。

 

「海にゆらぐ糸」とその連作群の背景も、アラスカの小さな町です。そのうちの一編「糸巻きのあった客間」には、そこで出会った「アンドレイ」と「ダイアナ」夫妻が登場します。アンドレイは帝政ロシアからの亡命者であり、芸術家。彼は結婚前、町の美術工芸研究所に勤めていましたが、ダイアナは彼に絵を描かせるためにそこを辞めさせます。自分が外に出て働くことで生活をまかなう、つまり彼のスポンサー的な存在になることを望んだのです。

 

そんな彼らの暮らす家には広い客間がありました。そこは装飾品も少なく、がらんとした空間。その中でただ1つ、目につくものがありました。それは新婚時代の2人が手掛けたという、部屋の間接照明に使える糸巻に似たスタンドです。造形はアンドレイによるもの。そして4本の樫材に糸を巻きつけたのは、まだ20歳代だったダイアナ。つまり夫婦で完成させた作品でした。

 

語り手である「わたし」は、2人の合作である糸巻を、ただ“いとおしい目”で見ようとしていました。しかし時間の推移とともに浮かび上がる人間関係、あるいは彼らのこころの奥底にあるものを感じ取ると…。

 

「作品」は“形”として記憶に刷り込みながら、手掛けた人、あるいは見る人のこころによって、万華鏡のように表情を変えるものでもあるのです。

 

著者プロフィール

 

Minako Oba【1930~2007】東京生まれ。終戦の年を広島で迎え、原爆後の救援にあたる。津田塾大学英語科卒業。1959~’70年、夫の転勤によりアラスカで暮らす。’68年「三匹の蟹」で芥川賞、’82年「寂兮寥兮」(かたちもなく)で谷崎潤一郎賞、’89年「海にゆらぐ糸」と’96年「赤い満月」で2度の川端康成賞など、旺盛な執筆活動を続けるなかで数々の賞を受賞した。

 

『海にゆらぐ糸』(「糸巻のあった部屋」収録)
第1刷:1989年(講談社)
『海にゆらぐ糸/石を積む』(講談社文庫)
第1刷:1993年

 

ておりや通信『te』vol.88
テキスタイル文学館 より

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