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小瀬千枝さんの「ニットパターンワールド500」

『te(て)』記事より

2025/04/07

 

創作の扉を開ける「500」

多くのニッタ―さんに愛され続ける1冊のパターンブック「ニットパターンワールド500」を発刊した小瀬千枝さん。何と数はタイトル通り500パターン。

この500パターンから1つを選んで編み進めば、花が咲いたように美しいセーターができるし、果実みたいに愛らしい帽子も仕上げられる。

編み方のテキストというより、作品を育て上げていく「ニットの苗床」、そんなふうに付き合っていきたい1冊です。小瀬千枝さんはどんな思いでこのパターンブックを編成したのでしょうか。当時の取材を振り返ります。

「これは、今度出した本には載せなかったんですが…」
小瀬千枝さんはそう言って、編み見本の束をテーブルに上にポンと無造作に置いて見せた。それを手に取り、やさしい色味のとりどりの糸で編まれた編み地を1枚1枚めくってみると、「0」から「9」の数字が現れた。マジシャンの手元から繰り出されるカードのよう。

1本の糸と自由な発想があれば、基本的なテクニックを組み合わせ応用すると、こんな楽しい作品ができるのだ。

 

 

取材&文 宿松道子

 

指導者としての小瀬千枝さん

小瀬千枝さんは、そんなニットの楽しさと、楽しむために修得したいテクニックをわかりやすく伝え広めてきた。もちろん彼女自身もニットの魅力に触れ、とりこになった1人。

「小瀬千枝のニットパターンワールド500」を出版した当時、彼女はプロとして歩み始めてすでに40年以上、これまでに多くの著書を世に送り出し、大学やコミュニティなどでの指導にも携わってきたベテランである。

緻密に、繊細に編まれた数々の作品の印象から、内向的な人物像を思い描いていたのだが、東京・南青山のアトリエでお会いした小瀬千枝さんは笑顔で気さくに語る、さっぱりしたお人柄。どことなく、風を切って駆ける少年のようなイメージをもつ女性だと思った。

 

小瀬千枝のニットパターンワールド

このパターンブックには、スタンダードな編み方から、彼女自身がデザインしたオリジナルまで、500パターンを集積。
「表編み・裏編み」「交差編み」「透し編み」がそれぞれ100、「かぎ針編み」も100種類が紹介された。
そして「引上げ・すべり目」と「縁編み」で100パターン。
それぞれに編み図も添えられている。

 

「本を作るのも好き」という小瀬千枝さん。チャプターごとに糸の色味を合わせて美しく見せつつ、編みたいパターンが載っているあたりをパッと探し出せるように工夫するなど、”本作り”に精通した人らしい心配りも見られる。

 

煮詰まったら外へ…

さすがに500パターンもの編み地を仕上げるには、大きなエネルギーが必要だった。しかも紹介したのは500パターンでも、実際に編まれたのは600パターン以上。それを、「全部自分で編みました」。
煮詰まってきたら外へ出て、周辺を歩いてリフレッシュ。都心にありながら、緑の多い街のロケーションは、小瀬千枝さんの仕事を静かにサポートした。

そうして約2年がかりでこまやかに練り込まれた力作。裏・表編みの組み合わせによるバリエーション、縄編みをずらすことで誕生する新しいカタチ…。
意図されたものではないかもしれないが、表情を変えていくパターンから見える、ニットデザインの基本にも興味がそそられる。

 

 

 

父の言葉 「滑走なしで飛べる」

小瀬千枝さんは神田生まれの江戸っ子で、父は金糸・銀糸を作る職人だった。母も編み物をする人だったが、本格的にこの道を歩むことを決意したのは、専門学校でニットを学ぶようになってから。さらなる研究のためにイタリアに渡ったのは1965年、日本からの海外旅行がようやく自由化された翌年のことだ。

「父も相当な変わり者でしたからねえ(笑)」
「下からはい上がるのは大変だけど、何か1つ変わったものを持っていれば、滑走なしで飛べる」

「そう言って私の背中を押し、イタリアにも快く送りだしてくれました。男だから女だからと区別することのない家庭で育てられたのが良かったのだと思います。」

現地で活躍するパタンナーのもとで、彼女にはデザイン画から編み図を書き起こす作業が割り振られた。現在と比べ居住インフラは格段に落ちる時代、「電球が1つついてるだけの薄暗い部屋では見えにくいから、トイレにこもって、1つ1つ、バッテン、バッテン…と書いたのです。」

 

 

 

北欧ニットその神髄に触れて

休暇にはヨーロッパ各地にも足を運んだ。北欧の国々も訪ね、各地の民族博物館で写真を撮ったりスケッチをしたり。多様なテクニックを生み出してきたその土地の空気のなかで、ニットのルーツやパターンに込められた意味などを肌で感じ取っていった。

例えば、ノルウェーには白黒の羊の毛色を生かした、いわゆる”ルーセ(しらみ)模様”のニットが伝えられてきた。それは教会に着ていくために作られ始めたものということを知った。

隣国のスウェーデンに移ると、今度はさまざまなかぎ針編みのテクニックに出会った。

「伝統は、そこに暮らす人々にとって必要なものだからこそ、残されてきたのです。そういうものは容易には崩されない。だから、今も作り続けられているのです。」
そうして北欧ニットの神髄に触れて以来、その研究は彼女のライフワークとなっていく。

 

 

志をもった若い人たちのために

「ニットの世界はプロとアマチュアの差がない」と小瀬千枝さんは言う。垣根なくモノづくりを楽しめるという意味で、それは素晴らしいことだ。彼女は同時に「そこにこそ課題がある」とも訴える

「日本に編み物文化が入ってきたのは鹿鳴館時代。上流階級の女性のために移入されたのですが、残念ながらそのときは定着しませんでした。」

昭和に入って再び波がやってくるが、それは家計の足しにするための内職目的で広まった編み物だ。

「そうした認識が今も影響しているのだと思います。志をもった若い人たちが、ニットで独り立ちし、生きていく道をぜひ作りたい」

1つの世界を深く追求し、豊かに表現することでニットのすそ野を広げてきた小瀬さん。後進のために、地位向上を目指す能動的なチャレンジへ助走を始めている。

 

 

小瀬千枝さん プロフィール

東京生まれ。(社)日本編物協会理事、多摩川高島屋コミュニティクラブ講師。自身のアトリエ「ハンドニット コセ」でも教室を開設。柴田たけ、梶谷蝶子両氏に師事。
その後、パターン作りやデザイン研究のため、イタリアへ2年間留学。その折りに北欧ニットにもふれ、以来ライフワークとしてその研究に取り組む。

「小瀬千枝のニットパターンワールド500」をはじめ「小瀬千枝の北欧ニット」「わかりやすい手編みの基礎とコツ」「初めてのアイリッシュ・クロッシェレース」など著書多数。

 

 

ておりや通信『te』vol.35
te・ひと・作品 より

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